(改訂版) Spring Trigger [3]
こんにちは。
やっと最後まで掲載させることができた管理人、そらみん。です。
前置きこそ、前回のあらすじやらアオリを載せなくちゃいけないはずなのですが、生憎私の頭ではいい感じの文章が思い浮かばないのですよ……
これ以上何か書くと下手なことになりそうなのですよー
さて、本編です。
そしてあたしたちはその建物へと潜入し、桜ちゃんの待つ部屋の中へとたどり着いた。道中色々あったけれど、今回は割愛。いや、本当に大変だったからね!
「さあ、準備はいいかい?」
覚悟を決めた明智が、あたしを見た。
「うん! もちろん」
君は本当に何も考えてないよね、と呟き、彼女は目の前の扉を開けた。
そこには。
「あら。遅かったわね」
小さな体をベッドに預け、妖艶に微笑む桜ちゃんの姿があった。一枚のベビードールのみを身にまとった姿の彼女は、その奇跡のように細い肢体をあたしたちを向けた。
「初めまして、優秀な探偵さん。私はずっと、あなたのことを待ってたわ」
「ボクは君のことなんて知らないよ」
「そう。でも私はずっと興味があったの」
彼女はあたしたちに問いかける。
「ねえ、あたしの値段、知ってる?」
「何だい唐突に」
彼女が髪を手で梳く仕草にそって、薄いベビードールが揺れる。
「ふふ。あなたなら察しているでしょ。――売春の話よ」
不敵に微笑む桜ちゃんに対して。
「あなたならわかるでしょ?」
明智は苦しそうだ。
「私は、時間当たり、一万六千円。それも手取りよ。もっとも、私の後ろ盾やホテル代なんかも合わせて、客が払うのはもっと高いみたいのだけれど」
その少女は不敵に笑う。
「そう。私の体には、それほどの価値があるの。若くて、小さな身体」
「違う。君ならわかっているはずだ。それはただの幻想で、ただ、子供を騙すためだけの方便だ。『若い体に価値がある』? 人の外面にだけ価値がある? 自分の内面を見てくれない人の言葉なんて」
「いいえ、違わない」
「あなたは知らないのね。自分が誰にも気づいてもらえない苦しみ」
あなたが羨ましい。
そう述べたような言葉、それだけで、いつも軽口を叩くその口が塞がれてしまった。
「残念ね。優秀な探偵さん」
そして、今度はあたしに標的が移る。
「それにしても。合理的な推理で有名な明智ともあろう探偵さんが、ただの一般人を連れてくるなんて、珍しいこともあるものね」
「桜ちゃんだって、あの、その、一般人、でしょ」
その言葉に、桜ちゃんは大きく目を見開いた。
「あなた。やっぱりただの一般人じゃないの」
どうかしている、と頭を左右に振って。
「ねえ探偵さん、助手でもないただの人を事件の現場に連れてくるって、頭おかしいの? 私が『黒蜥蜴』と知ったうえで、ここに来たんじゃないの」
今度は明智が目を見開いた。
「へえ、君が! そうかそうか」
得意げな顔で、明智はうなずいた。
そして何かをひらめいたのか、口の端を上げる。
「得てして、ボクは推理をせずに事件の真相までたどり着いたわけだ」
「こん……のっ!」
その言葉に、桜ちゃんは侮蔑のような、嫌悪のような表情を浮かべて、ベッドから立ち上がり、見下ろした。
「何よ、それ。こんなの、推理しない名探偵なんて」
「とはいっても。結果的には犯人が自白したのだから。さあ、今から始まるのは解決編だ」
「私は認めない! こんな展開」
「ふふん。推理をせずに事件を解決することくらいあるさ。だって、警察でも対処できないような事件をあっさり解決するから、名探偵と呼ばれるんだ」
「こんなの、何で」
「君が何を言おうと、ボクがなりゆきで事件を解決したって事実は変わらないよ」
「……っ! 何のために、私は。犯人になってまで、私は」
泣き始めた彼女はしゃがみ込み、枕元から何かを取り出した。そして息を荒げたまま、勢いよく右手に握ったそれで掲げた左腕を引き裂いた。
「えっ……?」
驚きで小さな声が漏れて。
彼女の左腕からは静かに、暗がりの中で鈍く光る赤い液体がだらだらと流れ出しているのがはっきりと見えた。
「はっ、はあ、っ」
苦しさの中に享楽が漂う、彼女の呼吸音。
そしてゆっくりとあたしたちを、目に髪がかかっているのにも意に介さず、右手に握ったそれを指す。
細身の刃物。
「この手首。トリックじゃないわ」
先に沈黙を破ったのは、彼女だった。
「探偵さんは、今必死にこれが何かの演出だって思い込もうとしているみたいだけど、残念ね。現実はそう甘くないわ」
右手のそれ、血を垂らした剃刀をベッドに投げ捨てる間にも、左手の液体は彼女の衣類を赤く染め続ける。
「もうやめてよ。桜ちゃん!」
「どうして?」
「それは、その。痛いでしょ」
あなたには関係ない、と彼女はあたしに向けた。
今度ははっきりとした、憎しみもない虚ろな瞳。
「痛むわ。でも、心が。心の中が、ざわつくの。気持ちが、抑えきれなくなって、苦しいの」
桜ちゃんはそう言って、胸に手を当てた。
「でも、そんなことしちゃだめだよ」
「『そんなこと』なんて。私のこと何も知らないくせに、勝手なこと言わないでよ! 私だって、本当はしたくないの。でも、でも……」
激情のまま言葉を止め、泣き出す桜ちゃん。その姿は同じ年には思えなくて、クールな桜ちゃんが急に小さな女の子になってしまったかのようで。
「あたしは二人と違ってバカだから分からないこともいっぱいあるんだけど、それでも、桜ちゃんの気持ち、分かるよ
自分でも生意気なことを言っているのは分かっている。でも、桜ちゃんは何も反論しない。
そんな彼女を、桜ちゃんを。あたしは静かに抱きしめる。
何も語らなくなったそれを、今まで嗅いだことないような強い血の匂いを放つ女の子を。あたしは手をそれの後ろに回り込ませて、そっと髪を梳る。
正直あたしの背筋はぞわぞわとしていたけれど、それ以上にあたしのお腹に体を預ける桜ちゃんを離すことはできなくて。
「桜ちゃん、いい匂い」
小さな女の子特有の、甘いミルクのようなそれが全身に伝わり、むせ返るようなそれがあたし達を包み込む。
「……犯人と一緒にいるなんて癪だけど」
いつもの軽口を叩きながら、明智があたしたち二人を抱きかかえる。
一番小さい明智はあたしたちを抱きしめるほどではなかったけれど、その温もりはしっかりと感じる。
水溜りの上であたしたち三人は、そっと一つになった。
エピローグ
「いやー、すっかり遅くなっちゃったね」
「それはあなたが離さなかったから」
すっかり仲良くなった桜ちゃんと疲労困憊の明智二人と一緒に帰路につく。
「でもごめんね、探偵さん。手当てまでさせて」
「いいってことさ。こいつの友人なら断る理由もないしね」
「えへへー、すっかり二人も仲良しさんだねー」
「あなたねぇ」
「君さあ」
呆れたような、諦めたような表情であたしを見る二人。
その時一筋の風と花弁が舞った。
「桜だ」
夜風に舞い、その小さな花びらがひらひらと踊る。それは突然轟音とともに強い風へと変化して、あたし達を覆い囲んだ。
「スプリングトリガー」
明智が小さく呟く。
「何それ?」
「初春に起こる、銃を撃ったような強い風の音と共に、桜の花びらが一斉に舞う現象ー ボクも見るのは初めてだ
「すごい、綺麗」
花弁の要塞の中、あたしたち三人は互いを見た。
「あたし、桜ちゃんのこと、忘れないから。必ずまた、会えるって信じてるから!
口から本音が漏れてしまう。
「私だって、あなたといたこと一生忘れない」
「ボクだって、うん!」
その花びらが散り、元の景色が戻るまでの一瞬。生い立ちも境遇も違うあたし達は同じ気持ちになったような気がした。
Spring Trigger 終