(改訂版) Spring Trigger [2]
こんにちは。小説家もどきの管理人、そらみん。です。
前回の "Spring Trigger (1)" の続きです!
本当は連載作品にする予定はなかったのですが、意外と文字数が多く、これはブログという媒体に載せるには分割する必要があるな、と考え、このような形となってしまいました……
分割していないVer. は、「小説家になろう」さんだけではなく「アルファポリス」さんにも掲載を行いましたので、ぜひそちらで検索をお願い致します。
前置きだけで 200 文字近くなってしまった……
以下、本編です!
「おかえり。遅かったね」
鍵を開けて家の扉を開くと、一足先に明智がいた。
あれ、あたし鍵かけてたはずなんだけど?
「扉の鍵閉めてても、庭の鍵開けっ放しじゃ意味ないよね」
「あーそっかー」
「納得してくれても困るんだけど」
明智は呆れ顔のまま手に持ったカメラを机の上にそっと置き、通学鞄の中から紙束を無造作にあたしに向けて放り投げた。
「これは?」
「ああ。戸籍謄本。ボクが警察から委託されている特権で入手できた。あんだけ存在感のない少女だったから、もしかしたら戸籍すらないかなって思ったよ。ちょっとだけ」
ふざけたような顔で彼女は頭を掻いた
「ボクはもう見たから、勝手に見ていいよ」
「うーん。そう言われても」
なんか堅苦しくて、読めない漢字もあって、これだけ渡されてもただ理解できない。
「とりあえず疑問とかあったら言って」
どうしよう。全部が疑問点なんだけど。
「結局、桜ちゃんって変わったところはあったの?」
全部意味不明だから、分かっている人に聞こう。
「いーや。彼女はただの一般人。研究所や特殊な児童養護施設みたいなところにいたんだったら、そこから彼女の経歴を漁ることもできたんだろうけど、そんなのは一切ない。この町で生まれて、この町で育って。まあ、ここも東京の外れとはいえ何一つ不便なこともないごくごく普通の町だからね。もちろん彼女は補導だって一度も受けてないし、留置所や少年院に行った形跡もない。一つ気になるところといえば、父親がいないってくらいかな。でもそれだって、別に珍しいことじゃないね」
へー。そんなことまで分かるんだ。
「ついでに一緒に取ってきた母親の戸籍と比べても矛盾はないし、本物だと思う」
ふーん。
「だからこそ、君が言ったような彼女の異常な存在感の無さが説明できない。そんなのがあったら、もう超能力だよ」
諦めたように悪態をつく明智。
「なーんか、彼女のことについてなにか面白いことが分かるかと思ったけど、なんかもういいや。飽きちゃった」
「えー、そんなー」
「彼女は単に偶然、存在感が薄いってだけの人。他人に干渉してないんだったら存在感もくそもないでしょ。はい終わり」
そんな! 明智が手伝ってくれなかったら、あたしだけじゃ何もできないよ。
「もうちょっとだけ一緒に頑張ろうよ」
あたしの声かけもむなしく、明智は虚空を見つめながら大きなあくびをした。
「でも、なーんか、妙に出来すぎているんだよねー。偶然だって言われたらそれまでだけど」
「そう! あたしもそう思っていたの」
本当に? と言いたげな明智の視線が刺さる。
「だって、桜ちゃん。ずっとスマホいじってたし、話しかける子もいなかったけどさ、桜ちゃん、木から降りれなくなったあたしを助けてくれたんだよ」
「君、一体何してたの」
「だからね、あの、えっと…… 他人に干渉しないんだったらあたしを助けることもないでしょ」
それが言い訳ですらないことをあたしは分かっていた。それは明智にも伝わっていて。
「はあ。なんであの子にこだわるのかボクには分からないんだけど。あの子は君にとってそこまで大切な存在なの?」
「――うん。そうだよ」
「君だってあの子のことは最近知っただけじゃない」
「でも、それでも」
浮かんだ雑念を除くために頭を振って、言葉を紡いだ。
「桜ちゃんと仲良くなりたいんだ」
明智は無表情のまま、しかしその顔をゆがめ、満面の笑みを浮かべた。
「ははっ! いいね。やっぱり君は面白い。しょうがないな。ボクは君のためにもうちょっとだけ頑張ることにするよ」
「わぁい!」
明智はカメラを首にかけ、勢いよく立ち上がった。
「じゃ、次は彼女についてボクが調べることのできない場所を探るよ。探偵の基本は――」
「『自分の足と勘』だよね」
「むぅ、それボクの台詞」
不機嫌に頬を膨らませて、明智は腕を組む。
「まあいいや。じゃ、ボクの権限が届かない場所―― 学校内の情報を探るよ」
そしてあたしたちは、学校に向かった。放課後はいつもとは違った鮮やかな橙色に染められていて、人気も少ない。ほかの人たちはクラブ運動や課外活動、あと補習なんかに出回っているから、そろそろ日没になるこの時間には本当に誰もいない。
「なんか不気味だね」
「そう? ボクはそうは思わないけど」
いつも通りの表情で、何事もないかのように歩いていく明智。
別にあたしだって、お化けとか信じてるわけじゃないんだけど、でもやっぱり怖いものは怖いの。
「あの、明智、もっかい学校に戻ってきたのはいいんだけど、どこ向かってるの」
「ん? 職員室だよ。忍び込んで、その桜に関わる情報を仕入れるんだ」
「ええっ、だめだよ!」
じとーっ、と明智に白い眼を向けられた。
「さっき、『探偵の基本は自分の足と勘』って言ったよね」
「う、うん」
「それはつまり、自分の知りたいことなら手段を選ぶな、ってことにもなるんだけど」
「えぇ……」
でもやっぱり、忍び込むとかはちょっとね。
「ねえ、他のやり方はなかったの?」
「逆に聞くけど、君にはあるの? ほかのやり方」
「うーん」
そう言われても、急には思いつかないよ。
「なーに、忍び込みといっても泥棒するわけじゃないから心配いらないよ」
明智はにやりと笑った。
「ねえー、先生?」
小さな職員室。明智は猫なで声でその人に近づいた。
「どうした小林、と、えっと――」
「明智です。四年の養護学級の」
「ああ、君が明智君か。すごく頭のいい女の子だって聞いているよ」
椅子に座ったままの先生は、背の低い明智と同じ目線に立って優しく話しかけた。
彼は影夫先生。名前に違わず影の薄い人なんだけど、優しくていい先生なんだ。あたしたちの担任の先生でもあるんだよ。
「ねー、そんな先生に見せたいものがあるんだー」
無邪気に明智は、首にかけたカメラの液晶画面を先生に見せた。そこに写っているのはあたしにはわからなかったけれど。
「ねえ、先生。これ、PTAにチクったらどーなると思う?」
「い、一体何が目的なんだ……っ!」
なんて言いあっている明智と先生の様子を見たら、何があったか分かったような気がした。
「じゃ、先生の机の、一番下の引き出しに入っているものを見せてほしいな。早く出したほうが身のためだと思うよー?」
「くっ、そんなのに屈したりしないっ」
「いーの? ねえ、どうなってもいいの? PTAだよ? もしかしたら全国ニュースになるかもねー」
「脅しには勝てなかったよ……」
「ふふ、テンプレのような即落ち二コマだね」
がっくりと頭を下げ、しかしちょっと嬉しそうな先生は机の引き出しを開けると、綺麗にファイリングされた書類の一部を取り出し、明智に差し出した。
「見せるだけだからな」
「ふふん。ボクは一度見たら忘れないから関係ないよ」
「ねえ明智。一体先生に何を見せてたの?」
職員室を後にしたあたしたち。あたしはちょっと気になって、明智に聞いてみる。
「ん? ただの盗撮写真だよ。あの担任の先生、女装癖あるらしくてね。くくっ。でも結構似合ってたんだよ」
それにしてもノリのいい人だったなー、なんてこぼす明智を尻目に、あたしは一番聞きたかったことを聞いてみる。
「ねえ、桜ちゃんのこと、何か分かった?」
「ああそうだった。忘れてた」
忘れてるなんて、ひどいよ。
「なんてことないよ。あの子がこの学校に入ってから――一年生のころから――のIQテストの結果とか健康診断書なんか見たんだよ。言ってみれば、彼女のことについて丸裸にした紙束だったんだ」
ふふん、と自慢げに腕組みをする明智。
「桜ちゃんを、丸裸。はわわわ……」
「何狂った発想してるんだよ」
桜ちゃんの丸裸を想像するだけで、耳まで熱くなってきた。
きっと桜ちゃんは、細くてスレンダーで、芸術作品のようにきれいな裸をしているんだろうな。あ、でも逆に、可愛い顔でだらしない体つきでもいいかも。
「おい、戻って来な。変態ガール」
「はっ、あたしは一体何を」
あきれ顔の明智は、ごみを見るような目であたしを見た。
「全く。本来君にレズ性癖はないはずでしょ。もしそうだったら、ボクは今から君と距離を置くよ」
「ち、違うよ! あたしはただ桜ちゃんのことが気になるだけ!」
「はあ。別にいいけど」
歩みを進めるあたしたちの前に、大きな夕日が沈む影が伸びた。同時に、アナウンスから帰宅を促す音声が流れ、肌寒い夜の風が吹く。それはあたしが体験したことのない感覚で、幻想的な雰囲気を纏っていた。
「ねえ。あたし、明智が潜入するって言わなかったら、こんな景色を見ること出来なかったんだね。ありがとう、明智」
「唐突に何だよ」
一度振り向いたと思うと、また興味のなさそう歩き出された。
「……天然ジゴロかよ。ボクまで落とす気か」
「え、なに?」
小さい声で喋られたから、聞き取れなかったよ。
「……何でもない!」
今度は大きな声で叫ばれた。
むー。
家に帰って手洗いやうがいを済ませたら、機嫌の直った明智がテーブルに足を置いて、不良よろしく座っていた。
「ねえ、君の両親はまた遅くなるのかい?」
「うん。そうみたい」
今は午後六時ちょっと前。この時間に帰ってないってことは、きっとまだ仕事が終わってないんだろうな。
「ボクが他人のことにどうこう言うつもりはないけど。寂しくないの」
「うん。あたしが小さい時からこんな感じだったし。でも、明智もいるから寂しくないよ」
「嬉しいこと言うじゃないか」
予想通りだね、と明智は得意げに笑みを浮かべた。
「じゃ、これからどうするか決めようか」
「うん。まず、今分かっていることは――」
「『彼女が普通の生い立ちであること』そして『彼女はかなりの天才児であること』だね。ボクもあの書類見て驚いたよ」
ボクと似ているな、なんて。明智はますます嬉しそう。
「でも、それだと可笑しいんだよね。言語能力も論理的思考も万遍なく高いから、やろうと思えば、海外の大学で飛び級入学だって出来るはずなんだよ。数学や頭の柔軟性、記憶力。さらに運動神経まで優れている。どんな環境だって彼女はトップになれるはず、なんだ」
途端に苛々し始める明智。
「それなのに、学校の成績だけは低い! カウンセリングでも異常や学校への苦手意識はないって報告だ。わざとだよ。これ!」
明智は怒り出した。
「全く! 人を舐めているとしか思えない」
一応、明智、桜ちゃんより一つ年下だからね。
まあ、思ってるだけで言わないけどさ。
「ボクはせいぜい、記憶力と論理的思考が飛び抜けているだけだ。だから探偵にしかなれなかった。まだ経験が浅いことも、歳が幼いことも自覚してる。まあでも、そこら辺の大人ともよりは優秀だと思うけど」
傲慢に謙遜する明智。
「でも彼女なら、何にだってなれる! 自分の持っている才能だけで、たとえボクと同じ小学生であっても、努力するだけで、挫折することなく、望む未来が得られるんだ。大臣でも、軍人でも、偉人でも」
体力が尽きたのか、息を切らせて明智は演説を止めた。
「ええっと、つまり?」
「つまり! 彼女はとても頭の良い一般人ってことだよ!」
最後の力を振り絞りあたしに返事をした明智は、息も絶え絶えテーブルに伏した。
いつも勝ち気な明智が肩で息をして苦しそうにしていると、心配になるというよりも少しちょっかいを出したくなる。
明智のぼさぼさだけどどちゃんと手入れされている髪をこねこねといじり回す。「やめろー」との言葉とともに明智の小さな背中が震えたんだけど、抵抗する気力はないみたい。
「ボクは体力がないんだー やめろー」
ひとしきり弄られた明智は、息切れを落ち着かせつつ語り始めた。
「もうこうなったら、徹底的に洗ってやる。彼女の存在感の無さ、ひん剥いてつまらない理論で片付けてやる」
「お、おー」
よく分からないけど、明智はいつにもましてやる気を出している。
「そして、今度は尾行?」
「しっ! 気付かれるだろ」
明智がやる気を出した次の日。今日は四時間目で学校が終わる日で、あたしは給食も掃除もそこそこにして、帰りの会もほどほどに、教室から飛び出した。明智はいつもの養護学級でのんびりと将棋を打ちながら待っていて、本当に緊張感がない。
「あ、もう終わってたんだ。じゃ、ちょっと待って」
そう言って明智は将棋盤に体を戻した。
「四二歩。これで詰みだ」
「くっそー。やっぱ明智ちゃん強ええ!」
「ボクに勝とうなんて、あと二年は早いよ」
低学年の男の子にどや顔する明智って……
「これでもボクは手加減したんだからね。八枚落ちだったし」
養護学級の先生たちに挨拶して学校を出た後。桜ちゃんはすぐに見つかった。
「でもあいつも中々強くてさ。つい本気出しちゃったよ」
尾行中だから小声で話しているけれど、あたしは桜ちゃんに気付かれてないか心配。
「それより彼女の恰好、よく考えられてるね」
明智は目を細め、静かに笑った。
桜ちゃんは今朝と同じく女子小中学生に人気のプチプラブランドで固めていて、靴も大手量販店のものだった。でもランドセルはいつの間にかなくなっていて、代わりに小さなディパックを背負っていた。
「きっとコインロッカーだね。前々から準備してたんでしょ。ランドセルのままじゃ怪しまれるから」
そうこうしているうちに、地元でも有名な繁華街にたどり着いた。
「……まずいね」
明智は得意げな顔のまま唇を噛む。
そこは地元でも有名な場所で、俗に西側と呼ばれている。噂だけど、ヤクザやマフィアって人たちがたくさんいるんだって。だからあたしは「あそこに行っちゃだめ」って言われてる。あ、でも今は桜ちゃんを追ってたら知らないうちに入っちゃっただけだから、セーフだよ。わざとじゃないから。
そして桜ちゃんはスマホの画面を見たと思うと、一人の男に声をかけた。それはスーツの似合う大人で、若いけれどやり手で、しかもそこそこイケメンだった。
「あの人、誰だろ。お兄ちゃんかな」
「なわけないでしょ。十中八九犯罪者だ」
ロリコンだよ。気持ち悪い。と明智が零す中あたしはその男をじっと見た。清潔感のある短髪で、肌やスーツは綺麗に整えられている。自分より背の低い桜ちゃんの目線に合わせて腰をかがめるなど、気配りもできる。
「やっぱりお兄さんじゃないの」
「戸籍見たでしょ。あの子は一人っ子だよ」
「じゃあ従兄とか」
「可能性はあるけど、でもこんなところで待ち合わせする必要ないでしょ」
うーん。たしかに。
「っ! 動いた」
二人は仲が良さそうにおしゃべりしながら歩き始めた。周りがうるさくて会話の内容が聞こえないのは残念だけど、逆にあたしたちの尾行がうまくいっていると考えると、仕方ないのかなあ。
「こっから先が本番だからね」
「うん! って、あれ?」
二人はどこか遠くに行くと思ったら、すぐ目の前の建物に入っていった。
「……えぇ」
そこは小さなホテルで、ビルとビルの隙間にこじんまりと立っていた。
「まじかよ」
明智がそう言って、目の前のそれを睨んだ。
「ラブホテル……っ!」
「ラブ――ぇ?」
ここ普通のホテルじゃないの?
「まずいよ。撤退だ」
「なんで?」
「なんでって、それは」
明智は赤面し、あたしの目をそらした。
「それは、その、ラブホっていうのは、ね」
うううっ、と明智は唸り、叫んだ。
「大人の男女がいけないことするための場所だよ!」
明智は大粒の涙をその大きな瞳に浮かべ、白い肌をさらに赤く染めた。
「でも桜ちゃん、あたしと同じ年だから、まだ大人じゃないと思うんだ」
「くそ。無知ってのは最強だな」
袖で涙を拭い、何事もなかったかのように振る舞う明智。
「でもそれだと、あたし達は中に入れないんじゃ」
「そうだよ。だからどうしようもないよ。というかボクは早く帰りたいんだよ。恥ずかしいんだよ」
うーん。
あ、そうだ。
「ねえねえ、そこのネットカフェ行こうよ」
「君、このタイミングで何を言っているんだ」
「あのね、あたしにはよくわからないんだけど、大人の場所なんでしょ。このホテル」
「あー、うん、まあね」
「じゃあさ、まずこのホテルについて調べてみようよ。『探偵の基本は、自分の足と勘』そのために、まず調べものしないと」
「ほう」
そうか、と明智はあたしを見て呟いた。
「成長したね、君も」
そうしてたまたま近くに合ったネットカフェに寄り、あたしたちは目の前のホテルのサイトを調べた。小学生二人が店に入ったから店員さんに怪訝な顔をされたけど、明智が何か黒革の手帳を見せたらなぜか驚いて席に案内されたんだ。明智ってすごい。
「ふむ、間取りまで公開されてるね。幸いだ」
そしてぶつぶつと小さく考え込んだ後、顔を上げた。
「よし、もう一度、潜入だ」
Spring Trigger (2) 完